2019年 08月 26日
神に重荷を委ねよう (三好邦夫伝道師) |
今日は子供達も歌う「フットプリンツ(足跡)」の詩の背景をご紹介しながら、信仰によって神様に自分の重荷をお預けできるように御言葉を分かち合います。
私達が歌う日本語の「フットプリンツ」は歌詞は竹田しのぶさん、曲は土屋たまみさんの作られた大変親しみ易い曲です。その基になる詩はアメリカ人の牧師夫人マーガレット・F・パワーズさんの若い頃に書かれたものです。
このマーガレットさんが現在の夫となるポールさんと浜辺を二人で歩いていました。ポールさんはマーガレットさんにプロポーズするのですが、マーガレットさんは本当にこの人で良いのかしらと悩みました。彼は良い人で二人は愛し合っているのですが、ポールさんにはかつて人を殺した前科があったからです。ポールさんの実家はお父さんが家庭内暴力をふるう人で、お母さんはこのお父さんが原因で凍死してしまいました。ポールさんは家庭が嫌で12歳でギャングの仲間になり、そして押し入った家で人を殺してしまいました。警察に捕まった彼は少年院に送られました。そのような彼に神様は働かれ、あるクリスチャンの婦人の保護を受けてキリストに出会い救われました。すっかり彼は変わり、キリストに献身する人生を選んだのです。その彼がマーガレットに結婚を申し出たわけです。悩む彼女に「二人で試練を乗り越えよう。乗り越えられないような試練が二人に降りかかっても神様がきっと助けてくださる」そう言言いました。その言葉を彼女は信じて結婚します。その時に作った詩が「フットプリンツ(足跡)」という英語の詩です。
以下がその英語の詩のよく知られた翻訳です。
「あしあと」
ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
一つはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、
わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこにはひとつのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、
わたしはその悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき
あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、
わたしと語り合ってくださると約束されました。
それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、
ひとりのあしあとしかなかったのです。
いちばんあなたを必要としたときに、
あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
わたしにはわかりません。」
主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
わたしは、あなたを愛している。あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや、苦しみや試みの時に、
あしあとがひとつだったとき、
わたしがあなたを背負って歩いていた。」
(translation copyright ⓒ1996 by Pacific Broadcasting Association)
神様は信じれば、一生あなたと共にいてあなたが大変な時、必ずあなたを背負い支えてくださいます。信仰がなければ、人生の試練の時、たった一人でその悲しみや辛さを自分だけが背負わなければならないのです。
人生でいちばん辛い時だけでなく、あなたの日々の重荷も神様は背負ってくださいます。重荷を神様に預けましょう。
だから主イエスは私たちにこう教えられたのです。
「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」(マタイによる福音書 11:28 新共同訳)
主イエスが私たちを愛されたその神の愛(アガペー)で互いに愛し合いましょう。互いに裁きあい批判するのではなく、支えあいましょう。そしてこの独立新生葛飾教会を「癒される教会」しましょう。神様はあなたをいつでも背負ってくださる方と確信して。
by katusikakyoukai
| 2019-08-26 08:42
| 新約聖書 マタイによる福音書